2008年06月30日

ファイナル!!!とはいかないのでないか

いや〜すごいことになっております。土日の2日、おおかた満席。
劇場がいつパンクするのかという瀬戸際。ありがとうございます。
今年の邦画興行成績1位ではないかということらしいのですが、、。
あいかわらず堅いですね。
もうますます映画の動員は二極化が進んでます。
入るものは爆発、入らないものはぴたり。
こんなに映画の観客というのは存在するのか、と関心してる場合ではありません。
映画館としての勤めをまっとうさせていただく次第であります。
当分は、土日・祝日、サービスデーは大混雑が予想されますので平日でも都合がつかれる方はそちらをおすすめいたします。
8月までは上映しておりますので、まだゆっくりとご検討ください。

  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 20:53Comments(1)TrackBack(0)【お知らせ】

2008年06月27日

明日より花男!

こんにちは、新京極シネラリーベです。
こんな挨拶は初めてですが、バタバタとスタッフはせわしなくしております。
どうしてかって?
明日から『花より男子 ファイナル』という怪物的な作品が始まるからです。
蓋を開けてみないとわからない、と言いたいところですがもうわかってしまうんです。
前売券が売れに売れているのです。これはもう全国的にですが。とっくに特典は無くなってしまったのですが関係なく売れています。ありがとうございます。
その作品のための準備に追われております。
当館は全席自由席ですので、大入りの場合、入場していただくまでが混雑しますのできちんとスムーズに対応できるようにいろいろなシミュレーションと対処を準備しておきます。
いま頻繁に問い合わせがあるのが、「いつだったら空いていますか?」という質問ですが公開から当分は平日も混む可能性はあります。水曜レディースデーや1日の1000円の日も続きますので。あえてオススメできるなら経験上、朝1回目の上映が比較的すいております。
9:20からで早いですが、ねらってみられるとよいかもしれません。
昼からの12:00、14:40は最も混雑しますのでお早めにチケットの確保をお願いします。
前売券をお持ちの方も、当日は入場引換券を用意しておりますのでそちらと引き換えが必要となりますのでご注意ください。
あと、「上映期間はいつまでですか?」という問い合わせですが、現時点ではわかりません。
7月いっぱいまでは確実でありますが、それ以降はHP等であらためて確認お願い申し上げます。
なお、当館での前売券の販売は本日の閉館までとさせていただきます。
残りわずかとなっておりますのでお早めにどうぞ。

時間と詳細→http://www.cinell.net/syousai/hanadan.shtml

当館の開館時間は8時50分(※平日9時)です。  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 12:22Comments(0)TrackBack(0)【お知らせ】

2008年06月24日

ふたりの間

梅雨!梅雨!!
夏場の干ばつの前にいまのうちに雨よ、どっと降っておいておくれ。
そう願うばかりだが今年の夏もどうでしょうね~。
年々、地球規模で暑さが厳しいことになってますよね。
京都独特のどんよりとした蒸し暑さに耐えつつ梅雨をしのぎましょう。

もういつものことですが、この季節暑いわ、汗かくわ、屋内冷えてるわ、夜はより冷え込むわで衣類をどうすればわからずとりあえず大好きなTシャツで凌ぎつつ、バッグにはロンTも忍ばせつつ日々過ごしておるuedaです。
映画館で映画を観るには、夏なんか特に長袖は必須ですね。
冷房がんがんなので、場内は冷え込んでるのが世の常識というもので汗で身体を冷やして体調を崩すなんてことがあってはならん訳であります。
どこの映画館でも、いつの映画館でも映画館は避暑地なんであります。
少々寒いところで防寒して映画を観る、これめちゃくちゃ贅沢な時間ではありませんか?
先ほどの地球温暖化の環境問題と矛盾しますが。
もちろん映画館で働く身である立場から言うと、場内のエアコンも「適温」というやつに設定しておるわけですが、人が集まる密室空間という場からして熱気がこもるので冷房なくしては普通以上に暑苦しい空間になりますゆえ、空間が広いゆえどうしてもやや寒めになってしまうのです。
古いエアコンもうなりながらフル稼働してかろうじて空気の流れを作り出してるんですね。
だからして、映画館とゆーやつの「やや寒め」を許してやってほしいのです。
エコな時代とは逆行してますが。
「エコ」がパリコレなら、「やや寒め」な古エンジンをフル稼働な映画館は町のブティックでありますがどうか認めていただきたい。
だからして、たまに出向く映画館にはぜひとももう一枚薄手の上着持参というのをお勧めします。
この準備だけで「わかってる人」ってことになるかも!
それでも忘れて映画鑑賞中やたら冷えて腕が寒い!なんてことがあったら両腕を袖から内側に引っ込めて服の中に納めちゃいましょう。恥ずかしい?恥ずかしくても暗くて誰も見てないから大丈夫。
僕なんてTシャツの中で腕組んで観てる時あります。何とかしのげます。風邪をひくよりまし。
そんなこんなで長袖を持参しつつ、大阪で映画を観に行ったりしてました。
世の中、ほんとにあれよこれよと眩暈がしそうなほど目まぐるしく映画がやってるわけですが、世のほとんどの映画はほとんどの人に見られることなく終わって過ぎてゆくのが現状であります。
さて、そんな映画をできるだけ拾うべくいろんな所へ足を運ぶのですが、玉石混交なのも事実。
でもそんなのも含めていろんなものに目を向けたいわけです。
テレヴィで不幸な残忍な事件を見てると胸が痛くなりますが、そんな人たちも広くいろんな映画を観たり、いろんな音楽を聴いたり、スポーツをして汗を流したりすればそんな残念なことにはならなかっただろうと思えてならない。楽観的すぎますかね?でも、文化やスポーツや芸術ってそういうことじゃないでしょうか。理屈ではなく何か人をポジティヴにしてくれる。
そういう精神や心の滋養だと思います。強さでもあると思います。

いまジャック・リヴェットの新作『ランジェ公爵夫人』の公開に伴って、彼の特集上映が組まれている。
新作もおおいに唸らされたが、やはりリヴェットの映画は格別である。
ゆったりとした時間のなかに、目を見張るべきタイミングと視覚の運動があり、登場人物たちがこれでもかと鮮明な色彩と光もしくは影の間に生の美をほとばしらせる。
男と女。男たちと女たち。人間と人間。すべての秘密。
美しさとは陰の内に潜むことを証明してくれる映画。
こんなことは日常テレヴィを見ていて考えもしないだろうし、気付くこともないだろう。
芸術について、人間について、営みについて。
そこに色と影を添えて特別な時間を提示してくれるのがリヴェットである。
そこにしかない時間。そこでしか成しえない空間。そこにしかない秘密。
『美しき諍い女』という彼の映画もミシェル・ピコリ演じる画家がゆったりと一人の美しい女性をモデルに絵を描く、それだけであるがその描画の筆致をきちんと丁寧に見せている。
その白いカンバスの上をなぞる線が、ある形を造形し、その絵がある真実へと近づいてゆく過程を観客は観察することとなるのだ。気がつけばそれがたまたま4時間である、ということに到達する。
それが彼の芸術の魔法だ。
僕たちは結局なにも知らない。人間について。芸術について。男女について。
だから、またも偶然にジャック・リヴェットを見るということになるのだ。
そして「ああ、見たかもしれない」という思いをしのばせて。  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 03:48Comments(0)TrackBack(0)【映画+α】

2008年06月15日

闘茶

新京極シネラリーベにて『闘茶』が今夏上映決定!
昨年、惜しくも亡くなった台湾ニューシネマの巨匠、エドワード・ヤン監督のもとで映画経験を積み台湾映画界では彼を継承すると期待される新星ワン・イェミン監督作。
出演は香川照之、戸田恵梨香、ヴィック・チョウ、エリック・ツァン、藤田陽子


時間等、詳細は決まり次第アップ致します。
公式HP→http://www.tea-fight.com/index_pc.html
  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 20:49Comments(0)TrackBack(0)【作品紹介】

2008年06月13日

June.

いまニュースやワイドショーは秋葉原の話題で持ちきりですね。
マスコミは犯行の動機を懸命に探ろうとしている。どんな人物だったのか、まわりの人は彼をどのように見ていたのか、どんな趣味嗜好があったのか。どこまで計画されていたのか。
僕はマスコミがこの事件をどのように見せようとしていくのか、どう見解をみせていくのかじっと見届けようと思います。観察していこうと思います。
毎回、見当はずれなコメントや報道ばかりでがっかりさせられるのは仕方ないが、彼らは視聴者の興味を引くことを優先させるから、どんどん本質からは反れていく。
あることないことを推測で犯人の人物像を作り上げたり、反社会的でこんな心の闇を抱えた人間だというふうにわかったようなことを平気でいう。
興味本位でこれでもかと視聴者を煽るし、そういった報道もどんどんエスカレートするだろう。「秋葉原」というキーワードも厄介である。なにかと歪曲されて変換されて利用されかねない。そういうことにマスコミは非常に敏感だし、巧みである。
犯人がどんな音楽を聴いていて、どんな趣味の持ち主であったかなど事件に本当に意味や関連はあるだろうか。同じような趣味を持つ人たちはどんな気になるだろう。
そんな情報をいくら並べあげたとしてもこの事件や時代の闇の深いところにはアクセスできないのではないか。
本質を言い当てる言葉が見あたらなくても、言葉を紡いでいかなくてはならない立場というのはわかるが見るものに誤解を招いたり、勝手な印象を刷り込ませるような安易な報道は考え物だと思う。
そして、視聴者側が犯人はどうせこんなおかしな奴なんだろうよ、という短絡的なイメージの欲求を求め勝ちで、それをやはりマスコミは敏感に嗅ぎつけてそのようなイメージへと近づけてゆく/繋げてゆく契機を常に孕んでいて互いに共犯関係に陥りかねない。
その一連の盛り上がりの興奮状態のなかで何か事件の真実を見出そうというのも非常に難しいし、このような悲劇が起こったことをわれわれはじっと考えてゆかねばならない。
幼稚に持ち上げてネタにするだけでは、安易な記号化に陥るだけで事件の特異性をおもしろがっていてはそれこそ犯人の思うつぼではないかと思う。
犯人自身もこれまでのテレビやマスコミの報道された無差別殺人事件からの影響や共感の意を告白してもいる。メディアの伝え方がどのように受け手に作用するかわからない。
だからこそ、冷静に慎重に伝える必要があると思う。
今回の事件で何度も監視カメラに映っていた映像が流されたが、あのように同時的に場所・アングルを変えてひとつの事件を伝えられることは珍しい。
場所が場所であっただけに多くの視点が存在した。それだけに大胆であり、時代性も窺える。
それだけに、それゆえにこのインパクトは消費されるのも容易い。
あれだけの現場の映像や記録があればその災難をとくと受容したかのように人を錯覚させる。
あの偶然の、軽薄な監視カメラのように何かを見たかのような気分にさせる。
しかし、それは違う。
浅はかで陰惨で不幸な事件ではあったが、あの犠牲者となった方々、そしてその先に人の命とは別の何が犠牲となったかを考えねばならないように思う。
人を犯行に及ばせるものは、それはひとりの人格かもしれないが、人格は人がみなそれぞれに誰しもが持つものでもある。そして、個人と社会は互いに影響しあいながらある。その中で倫理が働く。われわれの外側の話でなく、今自分たちが生きる社会の中で問題に焦点を当てないと肝心なことは見えてはこないだろうと思う。


weda  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 19:37Comments(0)TrackBack(0)【スタッフの気まぐれ日記】

2008年06月07日

映画の味

本日より『幻影師 アイゼンハイム』『隠し砦の三悪人』が始まりました。
「アイゼンハイム」が朝からとても好調!!いや〜、いい感じです。
ただいま5回上映ですので、余裕がございますうちにぜひご覧になってください。


こないだやっとニコラ・フィリベール監督の新作『かつて、ノルマンディーで』を見てきました。いつものことながら大阪の方が一足早くフィリベールの特集が催されていましたが、見逃していたので今回京都で遅れてみれました。

ニコラ・フィリベールはずっとドキュメンタリーを撮り続けている映画作家で、特集が組まれたのは日本で今回が初めてではないでしょうか。
今回の特集でこれまでの作品をまとめた形でパンフレットが販売されていましたので興味を持たれた方は一度手に取ってみられてはいかがでしょう。
とはいえ、作品を見ていなければ興味の持ちようもないかもしれませんが。
さて、『かつて、ノルマンディーで』はフィリベール監督が20代の頃にふとしたきっかけで助監督を務めることになった映画「私 ピエール・リヴィエールは母と妹と弟を殺害した」でノルマンディーのその地を訪れたことがきっかけとしてはじまる。
30年前に撮られたその映画は、19世紀に実際にそこで農家の少年ピエール・リヴィエールが起こした衝撃的な一家殺しを題材にしている。
ミシェル・フーコー監修による研究書を下敷きにその映画の脚本はおこされた。
助監督であったフィリベール監督は、当時その農村に住む人々の映画出演依頼とキャスティングに深く関わる。素人として突如映画に関わった彼らは今どうしているのだろう。
ふと、そのような気持ちがよぎる。当時の彼らに映画はどのように影響を及ぼしたのだろうか。
そんなかたちで監督は30年ぶりにノルマンディーのその地を訪れ、出演した彼らと再会を果たす。
役を演じたことで人生がかわったと興奮気味に話す女性。
その隣で関心なさそうに黙って見ているその旦那。
出演することに困惑したが、出て良かったと思い出を語る者。
役を演じたことで村でそういう目で見られたという者。
皆がそれぞれに昨日のことのように思い出し語り出す。
農村の風景も何も変わってはいない。
彼らにとってもそれらの経験があった後、また何事もなかったように日常の生活を送っていたのだろう。ほとんどの人たちがその土地に残っている。
ただ、主人公の少年ピエール・リヴィエールを演じた者はその地を離れてしまっている。
第二次大戦で米軍上陸で有名なノルマンディーのその土地で19世紀にひとりの少年によってある農村に影を落とされたことがひとつの本になり、映画が製作され、そのことがきっかけでそこに住む人々がかつての事件を演じることになる。そして、改めていま彼らにカメラを向けられることになる。何重にも時代と視点が重ねられ、映画が構成されている。
とても興味深い映画であった。フィリベール監督はドキュメンタリーであるがいつも35ミリフィルムで撮影されていることにすごく感心する。それは、ただ記録しておけばいいという根性ではできないからだ。何を記録するか、何を撮影すべきかというヴィジョンが極めて鮮明にあるのが見える。「ここもいつまで残るかわからない」と呟く監督のモノローグに合わせてフィルム現像所でポジ・プリントを扱う職人の姿を唐突に映し出す。
しかし、彼自身は確固たる自信と確信をもってすべての記録をフィルムに映し込む。
驚くべきことである。これほどまでに生々しくも瑞々しいドキュメンタリー・フィルムがこの時代に生まれたことを。


         ueda,

  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 15:55Comments(0)TrackBack(1)【映画+α】

2008年06月05日

ランボーだ!逃げろ!!

毎日じめじめべたべた。蒸し暑い。
こんなことわざわざ言われると余計に暑いですね。すいません。
もう早いもので6月ですね。梅雨。京都の梅雨はほんとにまいる。

こないだ『ランボー 最後の戦場』を見ました。
なんで今また?と思いましたが、これがダークホースです。
スルー厳禁。もうね、かなりヴァイオレントで最高でした。
ほんまにスタローン尋常じゃなくがんばってるんですから!デカい!もう遙かにデカくなってる!!
走る!齢60を超えて新幹線はるかのごとくスマートに走り切る!! 速いよー。
にして、スタローン製作、監督、脚本、主演と全部やってるんですよ。
この根性。とんでもない規模の自主映画状態。ぜ〜ったい、シュワちゃんひがんでるぜ。
シュワちゃん脚本書けないから老後のこと考えて早々と州知事になっちゃったもの。
いまだ本職で現役でばりばりおもろい映画撮ってるスタローンには頭が下がる。
しかも本作、かなり彼の悪趣味ぶりというか、リアル趣向というか細かなディテールへのこだわりが垣間見えて愉快なのです。人体って、こんなことになるの?という驚きでいっぱいなのだ。80年代のスラッシャーですよ。こんなこだわりは!
しかも今は技術がついてきて、本物らしさがまとわりつくから容赦ない。
5、6人殺るのにそれ、原爆?ってほどのエクスプロージョンのでかさ。
挽き肉映画。フィールド一面がお肉なのねん。
もうコワイのはミャンマーの悪政を強いて虐殺を繰り返す軍人なんかではなく、ランボーそのもの。
彼の中の凶暴さ・殺戮マシーンとしての本能がやばい。彼の中のとめられぬ「ザ・ワイルド」が。
「僕のなかのザ・ワイルドを誰かとめて〜!」
とは、言わぬもののやはり自身も恐れるザ・ワイルドを発動させてしまう。
ジョン・乱暴は狂う。気がつけばあたりはミンチ畑。
「だから、言ったのにー。」といわんばかりのランボー。
・・・・・・
こんな話であったかは定かでないが僕は間違いなくスタローンが好きになった。
シャイなんだよ。この人。金髪女性を見ると助けたくなるんだよ。それがランボー。
最後は青春漫画です。
「俺はやらん。だが、狂いたければ俺を呼べ。」
こんな台詞は皆無である。


ueda,

  
Posted by チーム☆シネラリーベ at 18:04Comments(0)TrackBack(1)【映画+α】